7月31日午後2時、南志見惣社「住吉神社」をお参りした

幟の寄進者・粟倉武さん(故人)は、無医村地区であった南志見に診療所を開設しその生涯を地域医療に捧げられた功労者です。叔父と馬が合い義兄弟の契りを交わしていました

住吉神社の創祀年代は不詳(かなり古い)

もと、住吉大明神と称し、東山の瓶ノ森にあったのを現在地に遷座したと伝えられる

往古より、里、小田屋、尊利地、忍、東山の惣社として陰暦6月晦日の例大祭には、村々より神輿を出して渡御の式が行われてきた

住吉の二本松と呼ばれていたが、1本は枯死し今は1本のみ

幹回り4.4m、樹高28m

幹はかなり斜めに傾いているが松葉は青々としている

松枯れで貴重な老松が失われていく中で、これだけの黒松は貴重で輪島市の天然記念物に指定されている

推定樹齢は不明とあるが、600年~800年と考えられる

水無月の夏越の祓いは大阪住吉大社の祭礼に随ったものといわれている

代々の宮司は中川家が務めている。御先祖は、京都の良家のご出身だと聞いたことがある

境内に咲く百日紅

子供の頃、境内には土俵があり本祭には奉納相撲大会が開かれた

奥の院への階段

神様に最も近い場所

階段の横に祀られています

山王信仰(比叡山や日吉神社との関連性があるものと思われる)

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例年は5台の神輿と、神主5人と羽織袴の区長・宮総代らが参集し、上期の感謝と下期の無事息災、豊作豊漁を祈願する

平安絵巻が境内を埋め尽くすように奉納されている

南志見城山の西麓に鎮座する

東山瓶ノ森からの遷座は、平安時代か、鎌倉時代か、長氏が南志見城(1555-1558)を築いた戦国時代か?

謎は解明されるか、興味深いものがある