王仁三郎師は、大本信徒を動員して、残った石を土中から掘り起こし、元の亀山城石垣を復元した

そして、自然あふれる大本の聖地「天恩郷」として亀山城址をよみがえらせた


万祥殿へ至る石垣

満開のオニユリが迎えてくれました

復元された天守石垣

下から三分の一は、光秀築城当時の穴太積みが奇跡的に残っていた

石には大名たちが残した天下普請の刻印がみられる

一番の見所でしょうか

出口王仁三郎師の画友であった井内鐵外画伯が描いた亀山城図(大正14年作)が収められている

天正5年、光秀が近藤秀政の荒塚山居館を利用し築城

本丸へのステップ

天守台・大銀杏

光秀の手植えと伝わるが、江戸時代中期に台風で倒れ、後継ぎに若木を植えたとの記録が残る