6月末の日曜日近鉄奈良駅前「行基像」広場

密にならないよう間隔を空ている

東向商店街

人通りは疎らです

猿沢の池水影

夾竹桃

原爆にも負けなかった
興福寺五重塔

絹谷家由緒

明治初年より芸妓町となり栄えた元林院町

当家は芸妓置屋「萬玉楼」

数寄屋風建築で所々に華やかな時代の名残が感じられます

改修の際見つかった棟札によると寛保2年(1742)5月6日の年号が記されていました

江戸時代の町家が多く残る奈良町の中でも最も古い町家の一つです

旧料亭「明秀館」

平成4年ごろ先輩に連れて来られたことがある