青山家の家臣であった安間家住宅

規模としては篠山藩の標準的な徒士住宅です

店舗8年(1837)の古絵図によると禄高は「12石3人扶持」と記されています

平成6年(1994)、市指定文化財となり、全面改修を行い資料館として公開しています

安間家に伝来した古文書や日常に用いられた食器類や家具、武具や資料が展示されています

丹波水琴窟

庭園と土蔵

母屋(面積131㎡)

敷地1215㎡

慶長14年(1609)篠山城が完成し、城下町割が行われ御徒士(おかち)町もその時に始まりました

天保元年(1830)の火災で大分部分が焼失

復興に際しては屋敷は道路より六尺後退させ火除け地をつくって火災に備えた

明治の廃藩置県で、江戸詰めの家臣を中心に多くの家臣たちが丹波篠山から引き払いましたが御徒士町の武士のほとんどは、丹波篠山に留まりました