奈良市が提携している姉妹都市

近隣では、韓国の慶州市、中国の揚州市

小生は昭和48年(1973)5月に慶州を訪ねている

47年前だから、姉妹都市提携の3年後ですね

釜山からバスで慶州へ、慶北大学、仏国寺、半月城、古墳、大邱を巡った

さらに慶州からセマウル号でソウルへ

慶煕大学、KIST(現在のKAIST)、朝鮮日報、東亜日報、三星電機などを訪ねた

交流した学生のお母様が、慶煕大学(金大中元大統領・文現大統領の母校)は日本の学習院ですねと話されました

ハーマンカーンが漢江の奇跡を予告したように、小生も当時の韓国のエリート、労働者と接し何ら疑いの余地を持たなかった

冷え切ってしまった日韓関係、互いに敬い尊重しあえば、良き隣人となれるのですが・・・

揚州市には行ったことはありませんが、遣隋使や遣唐使が最初に上陸した場所として知られる

また鑑真和上の故郷でもあります

鑑真は揚州大明寺の住職を務めておられました

日本の研修僧、普照と栄叡が大明寺に行き、弟子を紹介してもらおうと訪ねましたが、誰も応募者がありません

そこで鑑真は「仏法のためなら命を惜しむことはない。私が行こう」と決心しました

難破により鑑真は失明、栄叡は亡くなりました

日本へ渡ろうと決心して12年

普照とともに平城京に着いたときは66歳になっていました

それから10年間、仏教を広め、戒律を教えました

仏教だけでなく、経典、仏像、薬学、建築も日本に伝え、日本文化に大きく貢献しました

763年、76歳の生涯を日本で閉じられました