1.3m間隔で礎石が整然と並ぶだけであるが、この部分は天主の穴蔵(地階の部分)にあたり、その上にさらに大きな天主が聳えていた

五層七階(地上6階、地下1階)の天主はイエズス会の宣教師ルイス・フロイスによれば、ヨーロッパにもあると思えないほどの壮大さであったという

高さ33mの木造高層建築は、わが国で初めてのものであった

内部は信長公の御用絵師、狩野永徳の豪壮な障壁画や装飾を配していた

東方面・伊吹山

北方面は比良山系

33mの天主台から眺める比良山系は、近江を支配した信長には格別だったでしょう

琵琶湖へ向かう水路

西方向には比叡山

当時は四方遮る樹木はなかったでしょう

奥津山324m、姨綺耶山425m、長命寺山333m

安土城天主で信長は得意慢心になったか?

兵どもの夢のあと