敦盛(幸若舞)

思へばこの世は常の住み家にあらず

摠見寺は信長によって安土城内に創建された本格的な寺院です

草葉の置く白露、水に宿る月よりなほあやし

天主と城下町を結ぶ百々橋口の途中にあるため、城内を訪れる人々の多くが境内を横切って参上したことが記録に残されています

金谷に花を詠じ、榮花は先立ちて無常の風に誘はるる

本能寺の変直後に天主付近が炎上した際には類焼をまぬがれる事が出来ましたが、江戸時代末期の嘉永7年(1854)に伽藍の中枢部を焼失

南楼の月を弄ぶ輩も、月も先立って有為の雲にかくれり

その後、大手道脇の伝徳川家康邸跡に寺地を移し、現在まで法灯を守り続けています

人間五十年、下天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり

南面に建てられた建立当初の伽藍配置は、密教本堂形式の本堂を中心に、前方両脇に三重塔と鐘楼を配置した中世密教寺院特有のものでした

一度生を享け、滅せぬもののあるべきか

手を合わせ一撞きさせていただきました<m(__)m>

これを菩提の種と思ひ定めざらんは、口惜しきかりき次第ぞ

大手道直線部

路傍に咲く花

左にほぼ直角に曲がります

左の御仁は階段に腰掛けながら登っておられました