近江の守護・佐々木六角氏の本城があった観音寺城跡

中世を代表する大山城

長い年月をかけ応仁2年(1468)に完成している

さらに弘治年間、鉄砲に備えて大々的に石塁が改修されている

永禄11年9月、織田信長は当城に入城したが、城は元のまま残し佐々木氏に守らせたが、天正10年安土城とともに滅亡した

昭和44・45年、近江風土記の丘の関連として本丸付近を整備し、発掘調査をしている

その結果、当時の遺物や遺構が発見された

また全山いたるところに昔を偲ぶ遺構が数多く残っている

義晴が近江に寄寓したことは、六角氏当主であった定頼にとって、権勢と幕府への影響力を維持することに大いに益するものでした

六角氏は戦国時代末期まで命脈を保ちましたが、その地位は幕府の近江守護であることに立脚していたので、家臣団を組織して武力を背景に領地を拡大した戦国大名とは本来的に性質が異なっていました

信長が観音寺城を攻撃して六角氏を放逐すると、信長は桑實寺に足利義昭を迎え入れて、自身の上洛に備えました