決して怒らず

怒ることは、悪いこと

怒ることは、未熟な証拠

怒ることは、見苦しいこと・・・社長の独り言より

東南寺

延暦年間に伝教大師により創建、比叡山の東南にあるところから東南寺と付けられた

本堂

伝教大師の法華経説法の場であり、今も毎年8月延暦寺の高僧による戸津説法が有名である

元亀の兵火で全焼し、寛永15年(1638)に今津町にあった堂舎を移して今津堂と呼んだ

葉上照澄大僧正記念碑建立趣意碑

昭和21年比叡山に入山、阿闍梨となり日本人に勇気と誇りを与えた

昭和62年比叡山山頂での世界宗教サミットでは、「一隅を照らす」を身をもって示されました

宝篋印塔

坂本城落城の際の戦死者の首塚

妻・煕子、長男・光慶(十五郎)、次男・自然、三男・乙寿丸、長女・亀(明智秀光=左馬之介)、次女?(明智光忠)、三女・(津田信澄)、四女・玉(細川忠興)

四女・玉(細川忠興)以外は山崎の合戦及び坂本城で亡くなっているものと思われる

他には五女・?(筒井定次)、六女・?(丹波国川勝氏)、七女・?(大和豪族井戸氏)

光秀の従弟にあたる左馬介光春が打出の浜で秀吉軍と戦って敗れ、湖水渡りをして坂本城に逃げたが、大軍に包囲され城に火を放ち一族ともども自害した

兵どもの夢のあと

伝教大師が仏教も文字も知らない庶民に広く布教し、両親の追善供養のために開いたのが始まりと伝えられている

明智塚

坂本城内と推定され、光秀の脇差名刀などが埋められた跡であり、一族の墓所であると伝えられています

個人敷地内にありますのでご迷惑のかからないよう配慮が必要です

6月15日には鎮魂のための供養が行われています