本堂扁額「大雄殿」?
境内は静かな佇まいでした
徳川時代には歴代将軍から寺領が安堵され、八幡宮領内や近隣に末寺数ケ寺を組織していた
江戸時代には洛南有数の禅苑となる
明治の神仏分離では男山の仏教施設は悉く撤却されたが、開山堂に祀られていた行教像は、還俗式で紀中津御祖神として難を逃れ、明治6年墓所のある当寺に移徒された
行教像は平安初期の一木彫りで国の重要文化財
書院は江戸時代初期のもので八幡市域では現存最古のもの
男山ケーブル架橋
狩野山雪作の書院障壁画や元弘2年(1332)の銘をもつ鰐口がある
エジソンがフィラメントとして使った八幡の竹林
豪商淀屋辰五郎一族の墓や淀藩永井家の家老一族の供養塔がある
男山











