同じ性格の人たちが一致団結しても、その力は和の形でしか増やせない。異なる性格の人たちが団結すれば積の形で大きくなる・・・西堀栄三郎
聖武天皇と光明皇后が眠る佐保山御陵
可憐な桜(一種)がピンクの花を咲かせていました
佐保山に向かう一本道
左が聖武天皇・佐保山南陵、右が光明皇后・佐保山東稜
聖武天皇:文武天皇第一皇子。第45代天皇
在位25年、56歳没
天平年間は災害や疫病が多発
聖武天皇は仏教に深く帰依し、天平13年国分寺建立の詔を出し、天平15年には東大寺盧舎那仏像建立の詔を出している
加えてたびたび遷都を行って災いから脱却しようとしたが、官民の反発が強く平城京に復帰した
天平勝宝4年(752)東大寺大仏の開眼法要を行っている
天平勝宝6年には唐僧・鑑真が来日し、聖武天皇・光明皇后と面会している
天平勝宝8年(756)、56歳で崩御。戒名は勝満
聖武天皇の七七忌に際し、光明皇后は東大寺盧舎那仏に聖武天皇遺愛の品を追善供養のため奉献した
その一部は正倉院に伝存している
明治41年大仏殿改修の際に、須弥壇周辺から金銀装太刀2口がエックス線調査で判明している(目録に陽寶劔、陰寶劔と記されている)
光明皇后:藤原不比等と橘三千代の女子で、聖武天皇の母である藤原宮子は異母姉
悲田院や施薬院を設置して慈善を行った。正倉院の創設、興福寺、法華寺、新薬師寺など多くの寺院の創建や整備に関わっている
天平宝字4年(760)、59歳で崩御













