小倉山

藤原定家が小倉百人一首を選定した「時雨亭」が山腹あり、現在は跡地が遺る

小倉山「二尊院」には一条家、二条家、三条家、四条家、鷹司家などの名門の墓がある

総門近くで地場産の柚子を買い求めるN氏

まだ青モミジもあり12月の初旬まで楽しめます

嵯峨天皇皇女・有智子内親王の墓

落柿舎<柿主や梢はちかき嵐山>・・・向井去来

芭蕉十哲の一人として名高い向井去来の閑居であった。当時は庭に四十本の柿の実が一夜のうちにほとんど落ちつくし、かねて買約中の商人を気の毒に思って価を返してやった。これが落柿舎の名の由来

芭蕉も晩年、三度当庵を訪れて、名作「嵯峨日記」を著した

去来は長崎の生まれ、芭蕉に師事して俳諧を学び、その芭蕉をして「洛陽に去来ありて、鎮西に俳諧奉行なり」といわしめた

かって武人であった去来は極めて篤実真摯な人柄で、芭蕉に仕えるさまは、ちょうど親に対するようであった

鴨なくや弓矢を捨てて十余年・・・去来

幽玄閑寂、隠棲するにはいい場所だったに違いない