ちはやぶる神代も聞かず竜田川唐紅に水くくるとは・・・在原業平

神代の昔にも聞いたことがございません。この龍田川の紅葉は、唐紅の色に括り染をしたように、紅くまだらに、錦をなしております。何と華やかで哀れなことでございましょう(日経・伊勢物語「業平」・・・高樹のぶ子著より)

嵐山にある公立学校共済組合「花のいえ」

宴会場

床の間

石庭(宿泊部屋からしか見ることが出来ません)

江戸時代の豪商・角倉了以の別邸でした

大堰川(渡月橋の上流の名称)、高瀬川を私財を投じて開削した

また江戸幕府の命により富士川、天竜川、庄内川などの開削を行った

琵琶湖疎水の田辺朔郎と共に「水運の父」として有名

茶屋四郎次郎の茶屋家、後藤庄三郎の後藤家と共に「京の三長者」と言われる

保津川(大堰川)の開削で命を落とした人足を弔うために、大悲閣千光寺を建立している

角倉了以の菩提は二条家、三条家、四条家、鷹司家、香川家などと共に二尊院に祀られている