鹿屋基地特攻の魂語りつぐ

13:35分、鹿屋航空基地史料館

鹿屋海軍航空基地から908名、串良海軍航空基地から363名の海軍特攻隊員が出撃しました

過去を学び、今を知り、そして未来を考える

二階には海軍航空の歴史が展示されています

特攻作戦に至った経緯、若き特攻隊員の遺影や遺書が展示されており、愛する者のために身を犠牲にした特攻隊員の至高至純な心が偲ばれます

48年の眠りから覚めた零戦

「零式艦上戦闘機52型」

蘇る日本の名機

平成4年、2機の零戦が錦江湾と吹上浜の海底から引き揚げられ、ともに補う形で1機の零戦となり、展示公開されています

満堂和気生嘉祥

海軍大将 山本英輔書

和気 堂に満ちて 嘉祥を生ず

訳文

西郷隆盛と鹿屋のご縁

明治6年、明治政府内での意見の対立に敗れた西郷隆盛は、職を辞し帰鹿しました

その後、年に数回鹿屋の高須を訪れています

明治10年1月、私学校の生徒たちが火薬庫を襲撃する事件が発生した時、西郷は小根占に滞在しており、この報せを受けた西郷は「ちょっ、しもた!」とつぶやいたと言います

明治維新に活躍した鹿屋ゆかりの人物

高崎正風(戊辰戦争征夷大将軍府下参謀)

黒岩慶之助(西南戦争・西郷郡半隊長)

上村精之助(自由民権論者・衆議院議員)

山門秀行(医学者・島津藩主典医)

敬礼するM・Oさんの父上は海軍航空兵でした

現在の平和は多くの人々の犠牲の上にあることを忘れてはなりませんm(__)m