2日10:14分、神武天皇御発航伝説地

神武天皇が互いに争うことのない永遠に困窮しない国(安国)を実現するため、日向国高千穂宮から国の中心地・大和橿原を目指された「神武東遷」の際、航海の安全を祈願したと伝えられる

長い階段を上がります。数えていませんが百段はないかな

碑文

東串良町柏原より対岸高山町波見に亘る肝属川口一帯の地は、神武天皇御東遷に際し準備を完了し発航し給へりし伝説やらるる處にして、大和橿原の地名は之地の柏原を給わるものなりと云う

尚ほ此処より約10町山王屋敷あり、之の地へ神武天皇御東遷に際し御準備の為に御駐留あらせ給へりと傳へらるる處なり

風化して読み取れない部分があり、間違いがあるかもです

皇紀2600年奉祝会総裁侯爵島津忠重の字が見られる

記念碑の建つ台地に「戸柱神社」が建っています

元は「入府・皇神山・降神山」にありましたが、約千年前に現在地へ遷座されたと言う

創建年代不詳

奉詞

神武天皇東征に際し、海上安全のため創建されたが、一千有余年前この地に遷宮されたと言い伝えられている

その旧社屋も老朽化し、再建と土地所有権取得の為、柏原一円の地区民に協力いただき、また有志の皆さんの寄付賛納により再建を達成した

恵比寿神社、金刀比羅大神の二神も祀り、柏原総合神社となった

戸柱神社を中心に柏原の発展が益々広隆する事を祈願し、標札としてここに奉納いたします、とある

橿原神宮の源はここ柏原にあり

長い階段を降ります