岩頭に立って写真を撮るのが目的の様です
八丁坂を下ります
下る人より登って来る人の方が多いので道を譲る方が多くなる
ホテル千畳敷
岩稜一つ一つに名前があるのでしょうね
今はロープウェイを使えば健常者なら装備さえすれば誰でも登れる山だが、大正2年(1913)8月、伊那郡中箕輪小学校の職員、生徒、同窓会員の一行37名が、山上で暴風雨にあい、校長以下11名の凍死者を出す大遭難事件が起きている
ロープウェイが出来た今では、木曽側より伊那側から登る人の方がはるかに多いのでしょう
氷河遺跡の圏谷にある濃ケ池で、昔雨乞いをすると効験があり、木曽・伊那の人たちは山を登って祈ったという
科学的な立証のない時代には、人々は山や磐や、神秘的な石などを神に見立てて祈ったのでしょう
深田久弥の日本百名山「木曽駒ケ岳」の編で千畳敷カールのことが一行も書かれていないのは、1回目は伊那から登って木曽へ下っている
2回目は南の越百山(こすもやま)から空木岳~宝剣岳を越え、駒ヶ岳本峰に達している
現代では、木曽駒ケ岳登山で千畳敷カールを外すことはないから、深田久弥は多分カールに足を踏み入れなかったのではないかと思う











