一人で生きる「大人の流儀第9集<ひとりで生きる>」・・・伊集院静
「ひとり」とは孤独とか孤立の「独り」ではなく、個の力や個性を確立した「一人」を指す
次女が5歳の時、初めて動物園に連れて来た
世の中には、何らかの理由から一人で生きざるを得ない状況や立場の人も、大勢いることでしょう。しかし、人は独りではない
可愛い盛りであった
少しでもあんな風に生きることが出来ればと私が感じる人は、凛として一人で立ち、一人で生きているように感じるのです
親として子供の成長に携わることは生涯の喜びである
どんな優秀な人も、独りでできることには限りがあります。だからといって、ただ力を合わせれば何かできるというものでもありません
時を経て子が成長したとき、人格形成の一部になっていると思えばなおさらだ
精鋭が結集しても結論や結果が出せないこともある。「自分は正しい」という傲慢さが出るからです
思春期には反抗期もあった。今も反発しているのかもしれない
大事なのは、一人一人が個の力を高めること、生きる力をつけること。その一つが「自分を冷静に見る力」ではないでしょうか
人生の晩年を迎え、思い出の1頁となれば幸いだ
自己の内面の成長というのは自分には見えづらいものです。それゆえ他人の評価によって推し量る場合もありますが、5年とか10年という歳月が気付かせてくれることもある
子に捧げる愛は無償だ。子から授かる思い出は宝物だ
聖教新聞・伊集院静<「ひとり」に寄せる思い>より
to be continued






