沖合七ツ島に傾く夕陽

大杉浜

中世の名舟は舳倉島、七ツ島を有し山海の宝庫であった。御陣乗太鼓の伝説の通りなのか、氏神・奥津姫のご加護なのか、小生が推理していることなのか

城を有していたことは行政上、戦略上重要であったことは間違いない

名舟城の東隣に南志見城、西には別所谷の天堂城があるがかなり離れている

名舟城と南志見城は直線的みて3~5kmの至近距離である

想像の域であるが近隣同士、仲が良かったとは思えないのである

一説によれば南志見城の長氏は信長に通じ、名舟城の井口氏は上杉氏に通じていたとも云われている

歴史の怪を後世に残したのだとしたら、解明したいものであるが

歴史は作られる。本当のところは当人しか分からないのかもしれない

疑問は残るが今回の能登特集はここでお終い!