南志見城山の北端は断崖なので、旧小学校から渋田川尻浜へは切通しを人馬が通行していたのでしょう

では渋田から大川へはどうしていたのでしょう船で三つ子浜、白崎を経たのでしょうか

上杉勢は、大川浜から渋田浜と南志見浦に船をつけ、北と南の切通しから主郭を攻めたものと思われる

沖合に浮かぶ七ツ島

子供の頃、健康診断で近眼と診断された者は毎日、七ツ島を見なさいと言われた。そういえば同級生にメガネをかけている者は少ない

輪島の沖合北へ20km、5km四方の中に7つの島が点在する

南志見に住む人々は七ツ島を見ない日はほとんどないでしょう

右から、大島、狩又島、竜島、荒三子島、烏帽子島、赤島・御厨島

1万6千万年前に七ツ島は半島から分かれた

元々は大きな一つの島で、南西部に噴火口を持ち、7つの峰が存在していたとみられている

大島最高標点61.7mと御厨島38.9mには一等三角点が設置されています

輪島高校校歌にも歌われている

♬朝夕に汲むは世界を結びきて

七つの島たぎる潮 文化のうしお

希望の帆 今日も風呼び

使命の荷 今日も栄あり

いざ進まなん ひとすじに

理想の岸へ いざ進まなん(^^♪

能登の人々の文化を育んできた里海

能登の人々の暮らしを支えてきた里山