「見ず聞かず言わざる」
3つの猿よりも思わざるこそまさりなりけり
日吉御田神社
日吉大社と神猿(まさる)
三猿の話は比叡山中興の祖である良源の処世術から生まれたものです
麓には比叡山からの豊かな水が滾々と流れる
「忿(ふん)=いかり」、「恨(こん)=うらみ」、「覆(ふく)=ごまかし」、「悩(のう)=なやませる」、「嫉(しつ)=ねたみ」、「慳(けん)=ものおしみ」、「誑(おう)=だますこと」、「諂(てん)=へつらい」、「害(がい)=傷つけること」、「驕(きょう)=おごり」、と言った悪い心を持たないことが最も大切であると良源は諭しています
最澄生誕地「生源寺(しょうげんじ)」
父・三津首百枝の居館跡に最澄が建立した
江戸時代には一山の寺務を統括していた
最澄が浸かったとされる産湯に使ったとという井戸が残されている
山王総本宮「日吉大社」
京都御所の表鬼門にあたり、鬼門・厄魔除の守護神として崇敬されてきました
日吉山王大神第一の使いが神猿です
御所の鬼門を「猿ケ辻」と呼び魔去(まさ)るさんの木像が祀られています
人間全ての厄魔を取り去ってくれるのが日吉の神猿さんです
寺坊に咲く百日紅
山王とは日吉の神様の別名で、天台宗・比叡山延暦寺の守護神としての性格を意味します
舞台のような建物です
ヨシかアシのようなものが干してありました












