孫子に学ぶ「勝者」の条件
近きを以て遠きを待ち、佚(いつ)を以て労を待ち、飽を以て飢を待つ
先行隊が道を間違えたようです。ピークである向山に戻ってきました
向山には標点は無く、京都トレイルの標柱のみが立つ
戦場の近くにいて遠来の敵を待ち、十分な休養を取って、疲労した敵に当たる
盛夏登山は高温多湿に体調調節するのが難しい
不敗の態勢を固める
人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、あだは敵り
至誠歩こう会の皆さんが取り付けられた看板
富国は不敗の条件
不敗の態勢を築く場合、強兵だけでは不十分であり、領内の富国を図ることも不可欠であろう
ピークで集合写真に収まりました
戦わずして勝つ
100回戦ってことごとく勝利を収めることよりも、戦わずして敵兵を屈服させる方がはるかに優れている
初参加のN・K氏とツーショット
では、戦わずに勝つにはどうしたらよいのか
孫子は、謀略戦や外交戦の重要性を高唱する
お気に入りの方をお取りください(*^^*)
「故に上兵は謀を伐ち、其の次は交を伐ち、其の次は兵を伐ち、其の下は城を攻む」
日陰で汗を鎮めます
謀略戦や外交戦で勝利を得ることが出来れば、これはもう大成功
H・T氏から冷やしたミニトマトが振る舞われました
謀略戦や外交戦を十分尽くしたうえで、初めて軍を動かすなり、城攻め
を実施せよ
古希を過ぎても電気工事士の現役です
謀略の名人
謀略を以て敵の内部を撹乱し自滅させるというのは信玄が最も得意と
した作戦であった
山幸橋に向かい下ります
謀略戦を巧みに展開するために諜報活動を重視し、スパイ組織の育成
にも熱心だった
登りではオーバーヒートしますが、下りは大丈夫です
武田軍で諜報活動に携わったものは、横奉行、耳聞あるいは諸国使番衆などと呼ばれていたようで、そのほか商人や僧、山伏なども機会を捉
えては間者に仕立てた
色文字は、昭和58年7月号「プレジデント」より抜粋
to be continued











