川原寺と橘寺は南北に対峙する形で立っている(正面は仏頭山)
風化が烈しい道祖神
川原寺万葉集歌碑
死後に行きつく浄土の様子はわからない
15:42分、天武・持統合葬陵
檜隈大内陵
八角形墳で、文暦2年(1235)に盗掘があったと記す「阿不幾乃山陵記」によれば、全長7.5mの横穴式石室の中には、金銅製の棺台の上に置かれた夾紵棺(きょうちょかん)と、金銅製の外容器に銀製の骨蔵器があったといわれ、前者が天武天皇の棺、後者が持統天皇の火葬骨を納めたものと考えられている
墳丘は東西約58m、南北径45m、高さ9mの円墳状をなしている
墳刑は八角形で五段築成、周囲に石段をめぐらす
壬申の乱(672年)で勝利し、律令政治の基礎を築いた天武天皇と、その皇后で次に即位し、天皇として初めて火葬された持統天皇が合葬されている
飛鳥蓬莱山:日本人の未来と原点が存在する飛鳥。古代にこそ時代の先端を見出せるという信念で私は長い歴史を有するこの地で、吉祥を表す蓬莱山に明日香村の自然や日出づる国をイメージした紋様を彫りこんだものを制作いたしました
私の人生には「かぎり」というものがありますが、この作品が息子幸太との親子二人の合作として、飛鳥に遺る古代の石像群と並んで永代その立ち位置を彼らと同じくして共存してくれることを心から願っております
16:04分、飛鳥駅に帰還
古代からタイムスリップして無事に現代に戻れたような気分になっております(^_-)-☆












