けさみれば露岡寺の庭のこけ さながら瑠璃の光りなりけり

日本最初のやくよけ霊場

西国33所第7番札所「岡寺」

正式名称は東光山「龍蓋寺」

天智天皇2年(663)、草壁皇子が住んでいた岡の宮を仏教道場に改め、当時の仏教指導者であった義淵僧正に下賜され、創建1356年の歴史を持っている

本尊如意輪観音はわが国の塑像の中で最も大きく、また体内仏といわれる金銅半跏像は白鳳の様式を示し、楼門、書院等と共に重要文化財に指定されている

旧寺跡は隣接する治田神社境内と推定され、付近より美しい葡萄唐草紋軒平瓦など白鳳時代の瓦が出土している

義淵僧正は東大寺の基を開いた良弁僧正や、菩薩と仰がれた行基などと奈良時代の仏教を興隆した多くの先駆者の師として知られている

扶桑略記によると、義淵僧正の父母は子宝を観音に祈った。その結果生まれたのが義淵

この有難いお話を聞かれた天智天皇は岡の宮で義淵を草壁皇子と共にお育てになった

義淵僧正は優れた法力の持ち主で、寺の近くの農地を荒らす悪龍を法力によって小池に封じ込め、大石で蓋をした

この伝説が岡寺の正式名称「龍蓋寺」の原点になっており、本堂前に「龍蓋池」が今もある

こうした伝説が「災いを取り除く」信仰に発展、密教の普及とともに鎌倉時代には「2月の初午(現在3月)の日に必ず岡寺に参詣した」という「水鏡」の記録がある