13日朝、会社に出て用事を済ませてから飛鳥へ向かいました

この3連休を利用して南アルプス「北岳&間ノ岳」遠征登山を計画していました。12日夜行バスで八王子へ向かい(甲府行は満車でした)、中央線で甲府へ、バスで広河原へ向かう予定でした。13日は曇り、14日・15日は降水確率70~80%だったので中止延期することにしました

体が鈍るといけないので久しぶりに明日香を歩くことにしました

明日香は15年前にジョギングで周遊して以来です

ほう祢ん橋

石標、石灯籠、石碑が並び立つ

玄関に杓文字が取り付けられています

祝「八十八歳」〇〇とあり、お祝いの慣わしのようです

煙り出し屋根が取り付けられています

駅周辺は古い家並みが続きますが、廃屋や老朽化が進んだ家も目につきました

欽明天皇陵の堤に彫り出された「猿石」、昨年高取山に登った時、栢森分岐に置いてあったものだ

第29代欽明天皇陵(継体天皇の皇子)「檜隈坂合陵」

息子は推古天皇

明日香はわが国初の律令国家体制が形成された政治の中心的な土地です

ヤマト政権を支えた、大伴氏、物部氏、蘇我氏が強大な力を持っていました。蘇我稲目は娘2人を欽明天皇の后として送り込み、天皇の子を産ませた。蘇我氏は天皇の外戚として権力を拡大していった

571年「新羅を打倒し、任那を再興せよ」と言い残し62歳で亡くなりました