孫子に学ぶ「勝者」の条件

織田信長と「長篠の合戦」

勝兵は先ず勝ちて而る後に戦いを求む

必勝の原則は「絶対に勝てる確信を持ってから戦いを行え」

7月7日8:41分、猪名川町柏原バス停前にある案内板で大野山(おおやさん)コース説明をされるリーダーのR・H先生

 

戦うべきと戦うべからずとを知るものは勝つ

集合する場所が無かったので移動しました

戦国合戦を通観しても勝ち残った武将は皆、勝てる敵と戦って「勝ちて後に戦う」の原則を守っている

200㍍位の所にある柏原生産森林組合へ

信長、秀吉、家康などは、それぞれの性格は違っていたが、この意識だけは共通しており、特に信長は徹底していた

点呼をとり、トイレを済ませ、準備体操をしてスタート

勝つための原理原則は理解することはできるが、そのための具体的方法を導き出すことは容易ではない

芙蓉の花が迎えてくださいました

第一の理由は、敵の意図を正確に読むのが難しい

パトカーや町内の方々が交通整理や道案内をされていました

第二の理由は、「勝てる作戦」の立て方が容易ではない

第24回大野アルプスランド「あじさいまつり」が開催されいました

長篠の合戦は信長が41歳の、最も軍事的に円熟した時期に行った作戦で、初めて鉄砲を大量かつ組織的に使用して、我が国軍事史に火力戦の原型を印した画期的作戦であった

車両侵入禁止のロープが張られた道へ進みます

信長のこの卓越した戦法は、ヨーロッパからの技術や戦略的示唆に負うところが大きいが、その発想の理念は「孫子」の強調した戦理を透徹した合理性と近代性をもって、鮮やかに具現したものであった

パトカーと関係者、シャトルバス(マイクロバス・ワゴン車)しか通行できません

この長篠の戦は「勝ちて後に戦う」戦理から観察しても、他に類を見ないほど優れたものだ

ゴルフ場分岐で立ち休憩

鉄砲戦を成り立たせるための措置はもちろん、鉄砲が使えない時や、敵をおびき出し突撃させるために打ったさまざまな措置は周到を極めていた

岩巡り遊歩道全体図

文字通り必勝不敗の理をきわめて忠実に具現したと言える

車道を離れ岩巡りコースへ