小田屋から見た南志見城山。麓には住吉神社が鎮座する

山頂に主郭があった

住吉神社が東山「瓶ノ森山」から遷座したことも関係しているかも

頂部南西の広場、ここに主郭があったと思われる

土塁が何層かに築かれた跡が見られました

稜線から東が「渋田・照光寺領」、西が「里・長栄寺の後山」

兄が主郭の長辺、横辺を計っていた

樹間から名舟港が見えた

主郭があったと思われる広場

南へ歩を進めました

稜線が里と渋田の境界線なのでしょう

城山で一番大きいと思われたお墓

明治41年の表記

すぐ近くに中学3年の担任であった恩師のお墓があり、手を合わせました