1896年の大水害を契機に、1904年南郷洗堰が建設され、琵琶湖の水位が人工的に調節されるようになった
1912年に第2琵琶湖疎水が完成し、京都市に飲料水を供給するとともに、舟運、発電に利用されるようになった
蹴上インクライン
第1疎水は8.7kmで長等山トンネルを抜け蹴上に出る
第2疎水は7.4kmで北側はほぼ全線トンネルで通じ、蹴上で第1疎水と合流し、南流して伏見へ至る。支線は東山山麓を北上し、下鴨、堀川に至る
田辺朔郎銅像:卒業論文で琵琶湖疎水工事計画を完成させる。弱冠21歳で大工事である琵琶湖疎水の担当となる
その後、榎本武揚の媒酌で京都府知事の長女静子と結婚、北海道全道に1600kmの鉄道敷設計画・建設に携わった
行く春を惜しむ
岡崎公園まで歩く予定でしたが雨が本降りになって来たので、ここで解散
銀杏の巨樹
蹴上インクライン
京都トレール3回目は雨予報でご参加を見合わせた方もありましたが、多くの方がご参加下さいました
Nリーダーの適切なご判断で如意ケ岳をカット、蹴上に早めに下山することが出来ました
誠に有難うございました











