4月14日、日向大神宮
第23台顕宗天皇の御代に筑紫日向の高千穂の峯の神蹟を移して創建されたと伝わる
天照大神を祀る内宮
天智天皇は、圭田を寄進され、鎮座の山を日御山と名づけ給い、清和天皇は、日向宮の勅願を賜い、醍醐天皇は、延喜の制で宮幣社に列し給いました
ご神木だった桧の名木の切り株
外宮
神饌所の上にミツバツツジが群生
日向大神宮は、清和天皇の勅願によって天照大神を粟田山に勧進したことに始まり、その後応仁の乱で焼亡したが、寛永年間に伊勢人左衛門尉源宗光が再興したと伝える
境内の最奥に南面して建つ内宮本殿は桁行正面1間、背面2間、梁行2間の神明造
両脇に棟持柱を建て、屋根の棟には内削ぎの千木と堅魚木6本がのり、両脇に板垣がとりついて内宮の敷地を区切っている
内宮の一段下がったところに建つ外宮は、本殿・御門ともに内宮とほぼ同じ規模・形式を持つが、屋根の千木が外削ぎで堅魚木がそれぞれ1本少なくなる
内宮・外宮のほか拝殿・社務所・摂社等一連の建造物が、敷地の高低差を利用して配される構成は見事であり、周囲の山と一体となって優れた境内環境を形成している
建武の戦乱中、新田義貞は戦勝を祈願して良馬と太刀一振りを奉納している











