人の存在価値問い続ける
大和路の春「梅の香」をお届けします
2月21日芥川賞受賞式で、「作家には、『流されていくとこうなる』というものに反抗する使命がある、と言いました
システムに振り回されてはいけないと
その決意を体現すべく、式典にふさわしいスーツではなく、ダメージジーンズをはいて登壇した
IT企業の役員をしているが、作家になるまでが大変だったので、賞も大切だとは思う
でも、本質的には、意味があるか分からない行為をやり続けることに、人間の存在価値があると思っています
僕が好きな京都の竜安寺の石庭は、自分の内面によって毎回、違って見える。そんなふうに、いろんなパーツを配置しつつ、人やタイミングによって違って見える小説にしたいと思った
資本を増やし、子を産み育てることを、すなわち「生産性」ととらえる社会への違和感だ。商品にしても、人類にしても、次の生産につながって
いくのはすばらしいこと
でも、その果てにどこに辿り着きたいか、誰も答えは持っていないんやないか
「自分の声に気がつくために文学はある」
「既に手に余る情報が僕たちにも与えられている。わかったからといって、どうすることもできない。だったら見ない方がいい。だったら手を大きくしないと。それを受け止められるように」
あらゆるものが情報化される社会。一挙一動が情報のログとして残り、生活がテクノロジーによって最適化される。「心地よい空間」があっという間に出来上がる
しかし、それは自らがほんとに欲してるものなのか選択しているようで、させられているだけではないのか
「ニムロッド」を読むと、まるで綱渡りをしているような感覚に襲われる。「もっと右!」「いや左だ!」と外野から声が聞こえてくるが、登場人物たちは自らの「内の声」に耳をすまそうと試みる。「完全な人間ってなんだろう?」
『最先端のものを味わいたいのであれば文学は結構いい手だよ』
単純に今の時代で、解答が出ていないものに対して、模索しようとしているものが文学というふうに思って頂けたら、『今』と『未来』を考えたい若い層にも、もうちょっと広がるんじゃないかな
ニムロッドは、読売新聞、聖教新聞より抜粋













