人生山あり時々谷あり・・・田部井淳子

<まだ見ぬ風景を求めて>

人生を変えた雪崩事故

天山山脈のトムールに外国人として初めて入山したときのことです

砂防ダム

標高2600mの地点で雪洞を掘り、一夜を過ごしたのですが、その晩に大雪が降りました

崩落した流石や流木を堰き止める役目なのでしょう

その晩に大雪が降りました。「明日は絶対に雪崩が起きる」と予感したのですが、まさに進むも地獄、戻るも地獄の状態でした

巨石の中で人間は小人のようだ

自分たちが動いたことで、雪崩を引き起こしてしまう可能性が高い。かといって、降りて引き返すのはもっと危険です

日向小屋

下山中に上から雪崩が襲ってきたら、ひとたまりもないからです

。すでに安全圏まで八分目くらいのところまで来ていたので、上を目指した方が危険は少ない、そう判断して、私たちは隊の他の二人と一緒に先に進むことにしました

電気が灯っていました

「とにかく私たちは行動するけれども、雪崩が起こる危険が高いから、安全なところまで逃げて」そう、下でキャンプしている仲間にトランシーバーで告げ、全員が安全な地点まで退避したことを確認してから、私たちは歩き出しました

川を下って来たが、この道が本来の登山道かも?

ところが、案の定、私たちの動きが引き金となり、雪崩を引き起こしてしまったのです。まず私がトップで登り、自分の安全を確認し、「登っていいよ」と上から声を掛けました

でないと雨が降ったら川の中は通れませんよね

庇のように突き出した雪壁から、後続の隊員が登ってくるのがわかりました。ロープが動いているからです。しかし、ヘルメットが見え、次に顔が見て「もう少しだな」と思った瞬間、2人目と3人目の間で突然、バサッと雪が切れたのです

流石を利用して造られた護岸

女3人はあっという間に雪崩に呑みこまれ、ロープにつながれながら600mほど落ちて行きました。雪崩はすさまじいスピードで斜面を駆け下り、深々と口を開けたクレパスの中に落ちていきます

国見岳方向

「ああ、こうやって死んでいくのか」と、私は死を覚悟しました。絶体絶命のピンチでしたが、幸いだったのは、私たち雪崩の上に乗ったまま斜面を滑り落ちたことでした

右岸に裏道登山道の標識が立てられていましたが、通行止めの柵が取り付けられていました

氷塊の中に潜ってしまったら、それこそ一巻の終わりです。上へ上へと泳ぐようにしながら必死でもがいていたとき、雪崩が起こした風に煽られて、私たちははじき飛ばされ、雪の表面に叩きつけられたのです

鈴鹿スカイライン蒼滝橋と四日市方面

その直後、雪崩は轟音を上げ、クレパスめがけて落ちて行きました。あの時の恐怖は今でも忘れられません。自分ではどうすることもできない巨大な力によって、奈落の底へと引きずり込まれていく。あの体験に勝る恐怖は、そうそう味わえるものではありません

車止めクサリ

がんの告知を受けたとき、わりと平静でいられたのも、雪崩の恐怖を味わっていたおかげかもしれません

16:54分、無事全員下山

ガイドさんが一人ひとりに声をかけ慰労されていました

死に直面した経験が、その後の私の人生を大きく変えたのです

16:56分、入浴場所「アクアイグニス」へ向かいました

赤文字は、田部井淳子著「人生山あり時々谷あり」より抜粋