モラルバックボーン(道徳的支柱)
『人格と識見』が自ずから国の政治に影響し、それを身につけるための『勉強と修養』が日本の将来の国運を左右すると考えるように・・・小泉信三(陛下の皇太子時代の家庭教師)
濱口梧陵記念館
先ず地方団結を組織し、実力養成是れ努む
稲むら:刈り取った稲または乾燥させるために積み上げた稲藁
梧陵が十余りの稲むらに火を放ち、漂流者に安全な場所を知らせました。この火を頼りに村人の命が救われました
この実話は教科書に掲載され広く知れ渡ることになりました
勝麟太郎から梧陵に充てられた書簡
人たるものの本文は眼前にあらずして永遠にあり。其理想のために尽くして死に至るは男子の本文
濱口梧陵肖像画
濱口家家紋入り甲冑
その事業は地方的なりしも其志は天下にありき
人類相寄り、相助け、相謀り、相安んじと云える
思ふがままに世界を周遊し、骨を異郷に埋めるもまた快ならずや
その思想の人道的、世界的なりしを見る
明治18年(1885)4月21日、ニューヨーク「セント・ヴィンセント」病院で死去
訃報を聞いた友人、勝海舟や福沢諭吉ら人々の驚きは計り知れず。5月28日横浜に遺骸が到着するや実に多くの人が出迎えたという
その後、汽船で神戸へ向かい、神戸からは小型蒸気船「小野丸」にて広村へ帰った
6月14日、広村西の浜で葬儀が執り行われ、四千余名が参列した
大正4年(1915)、大正天皇即位の礼にあたり従五位を贈位された










