23日夕方16:00分、奈良市高畑町にある史跡「頭塔」を訪ねた

ホテルウェルネス飛鳥路駐車場から眺めた頭塔東面

平成のはじめ家族で泊まった時はまったく気づかなかった

(当時は厚生年金施設であった)

新聞やテレビ等で認知していたが、これまで訪ねることはなかった

ホテルのフロントで300円払い、駐車場の奥にある門を開け中に入った

本来の入り口は民家の横・地蔵尊のある門から入るのでしょうが、施錠されています

古い石塔がある階段を上る

大正11年3月8日、国指定史跡となる。古くから奈良時代の傑僧「玄昉」の頭を葬った首塚であるとの伝えがあるが、

神護景雲元年(767)、良弁僧正の命により東大寺僧実忠が造営した土塔であることが明らかになっている

昭和62年(1987)、発掘前に写した頭塔

外見は森であるが、本来方形22㍍の四角錐台で、七段に築かれた仏塔である

石仏の高さ61~111㌢、それぞれ浮彫・線彫りなどで如来三尊や侍者等をあらわした一群は変化に富んである

奈良時代の彫刻として価値の高いこれらの石仏のうち、当時確認できた12基は昭和52年6月重要文化財に指定された

手前は、当山開基「弘法院日實聖人」」と刻まれています

北東面

頭塔は土で築かれた、方形七段の塔で、東大寺南大門の南約950m、新薬師寺から西北西約700mの位置にあります

玄昉の頭を埋めた墓との伝説があるが、実際は土塔(どとう)が訛って頭塔(ずとう)と呼ばれるようになったと思われます

 

石仏は第一段で四面に各5基ずつあり、各面中央に仏浄土を表した大型石仏が配置されている

北面が弥勒仏浄土、南面が釈迦仏浄土、東面が多宝仏浄土、西面が阿弥陀仏浄土を表した図像であることから、第一段は四方四仏を中心とした配置と考えられる

頂上の七段四面は、廬舎那仏浄土を表した同一図像の石仏で統一されている

第一段と頂上段における石仏配置には、四方四仏に対して廬舎那仏が上位にあることを示す曼荼羅的構想があったと考えられる

第1・3・5・7・の奇数段に各11基ずつ、総数44基の石仏が整然と配置されていたと考えられています

現在、そのうちの28基が確認されています。また1基は郡山城の石垣に転用されていることが分かっています

體妙院日耀聖人の石塔

山耀会の『耀』の文字が見られます

16:30分、北面の回廊から生駒山系を望む

タイムスリップしたような錯覚に陥った30分間でした