『信貴山縁起絵巻』
<延喜加持巻>
延喜の帝、後醍醐天皇が重い病に罹られました
本堂から大和平野を望む
さまざまな祈祷も薬も一向に効き目がありません
聖徳太子は物部守屋を討伐するため、河内稲村城へ向かう途中、この山に至りました
命蓮の不思議な法力の噂を聞いて勅使の一行が命蓮を訪ねて信貴山に至り、朝廷に来て祈祷して欲しいと頼みます
太子が先勝の祈願をするや、天空遥かに毘沙門天が出現され、必勝の秘宝を授かりました
36間(約66㍍)ある真っ暗闇の回廊を、般若心経(7回)を唱えながらゆっくり手探りで回りました
命蓮は勅使に、私はこの山で毘沙門天王にお祈りいたします
その日は奇しくも寅年、寅日、寅の刻でありました
本堂を出た後、霊宝館で、あの有名な国宝「信貴山縁起絵巻」を拝見いたしました。「飛倉巻、延喜加持巻、尼公巻」の三巻を初めて見ることができました
満願の日が過ぎたら、そのしるしに剣の護法童子が朝廷に出現されるでしょうと答えます
太子はそのご加護で勝利し、自ら天王の御尊像を刻み伽藍を創建、信ずべし貴ふべき山『信貴山』と名付けました
果たして数日後、帝の夢の中に護法童子が現れたかとみるや
以来、信貴山の毘沙門天王は寅に縁のある神として信仰されています
霊験もあらたかに、帝の病は立ち所に治りました
不動明王
千の剣を身に付け、黄金の車輪を廻し雲を呼びながら
弁天堂
帝の枕元へ急ぐ剣の童子の姿は、絵巻最大の圧巻として描かれています
十三塔
青文字は、国宝「信貴山縁起絵巻」より
朝護孫子寺のいわれは、醍醐天皇の御病気祈願の勅命により毘沙門天王に祈願いたしました
加持感空しからず、御病気はたちまちにして癒えました
よって天皇、朝廟安穏・守護国土・子孫長久の祈願所として「朝護孫子寺」の勅号を賜りました











