秋空が広がる壺阪林道

これよりつぼ坂の観音にまうでんとす。たひらなる道をやゝゆきて。右のほうに分かれて。山そひの道にいり。畑屋などいふ里を過ぎて。のぼりゆく山路より。吉野の里も山々も。よくかへり見らるゝ所あり・・・本居宣長「菅笠(すががさの)日記」抜粋

香高山山腹から二上山、葛城山を眺望

本居宣長は43歳の時、明和9年(1772)3月5日(4月7日)から14日(4月21日)までの10日間、吉野、飛鳥を旅した時の日記

西国三十三所第六番札所「壷阪寺」

真言宗豊山派の寺院で正式には「壺阪山平等王院南法華寺」

吉野山の花見を兼ね、水分神社に参詣し、帰路、大淀町から壷阪寺を経て飛鳥に入り、史跡を探索した

天竺渡来大観音石像

インドでのハンセン病救済事業の返礼として贈られた大理石の大観音像。高さ20m、デカン高原カルカラ産の石で造られており、重さは1200トン

同行者は、友人・門人・來迎寺の僧ら5人と、荷物持ち

大観音像と涅槃像

菅笠日記は、その後、吉野や飛鳥を巡る人たちのガイドブックとして読まれたようです

大宝3年(703)元興寺の弁基上人がこの山で修行していたところ、愛用の水晶の壺を坂の上の庵に納め、感得した像を刻んで祀ったのが始まり

「そもそも此の山の花は、春立る日より、65に日にあたるころほひなん、いずれのとしもさかりなると世にはいふめれど、又わが国人の・・・」『菅笠日記』8日条

壺阪大仏

十一面観音菩薩・持国天・増長天・広目天・多聞天・普賢菩薩・文殊菩薩、7仏が守る

解釈「一般には、吉野の桜は立春から65日頃が見頃という。明和9年の立春は1月2日。65日目は3月7日にあたる。(新暦・今年は2月4日が立春、65日目は4月10日になる)

実った栗

また、松坂から行った人の話では、こちらの盛りを見てから行くと調度よいと教えられて、

彼岸花が土手いっぱいに咲いていました

宣長一行は出発したのだが、残念ながら桜は満開を過ぎていた

岩屋神社跡にある岩屋不動<不動明王・文殊菩薩・役行者>

君やしる 夢かうつつか あかざりし 吉野の山の 花の旅寝は

壺阪の月に杖ひく夫婦かな

壺阪霊験記「お里・沢市」の墓がある信楽寺(しんぎょうじ)

ふみ分けし 昔恋しき みよしのゝ 山つくらばや 花の白雪

15:30分、予定通り壺阪山駅に帰還しました

今回は32名がご参加、久しぶりの30名台と大人数でした

初参加が4名(男性2名・女性2名)いました。若い方ばかりだったので少し物足りなかったかもです

次回も是非ご参加お待ちしています

N氏グループは、橿原神宮で下車し、「栄温泉」で汗を流し、打ち上げをされたようです(#^.^#)