壷阪寺は、大宝3年(703)弁基上人によって開かれた霊山で、正式には「壺阪山南法華寺」といいます

奥の院・五百羅漢遊歩道を下ると壷阪寺の甍が見えてきます。さらには葛城山のどっしりとした峰も正面に見えてきました

十一面千手観音様を祀る観音信仰の一大道場で、西国霊場第六番札所です

古来から眼病に霊験あらたかな寺として信仰され、説話「壺阪霊験記」における、お里・沢市の話は有名です

正面に畝傍山が見えました

また、日印合同でさまざまな浄行を行っており、境内にはインドで製作された大観音像(全高20m)や仏伝図石造レリーフ(全長8m)などの大石造美術が安置されています

背後の山は奥の院がある香高山で、巨岩一面に刻まれた仏像・五百羅漢は、風化していますが見ごたえがあります

ボタン、ツツジの名所でもあります

本堂・礼堂・阿弥陀堂・三重塔・天竺渡来大石堂が立つ

義父から聞いていたビルマ・インパール作戦の戦死者の慰霊碑

元歩兵67聯隊は、インパール作戦に際して「インパール王城」数キロメートルまで接近した数少ない部隊の一つであります

そのため多くの兵士が帰らざる人となりました

この慰霊碑はその尊い英霊を祀りその心を慰し、今日わが国の繁栄が、これらの多くの先輩たちの尊い犠牲の上に基づくことを忘れてはならないと教えているものです

この碑の裏に、この部隊の戦歴が誌されています

このインパール慰霊の道は、インドの内政、軍事上なかなか難しいものでしたが、壷阪寺住職・常盤勝憲師の尽力によって実現しました

戦友よ安らかに眠れ 合掌