般若心経を生きる・・・青木擴憲③

それがすべてだったが、私は勝負に出た

その230万円を、私は店舗を借りる保証金と店舗改装費に使った

9月1日14:34分「清水橋」

そして店をきれいにすることで、銀行から金を借りることができた。この最初の店は実質利益を生むというより、信用を生むことになったのである

豪雨と増水で流された樹木

次いで私は借金を重ねて長野に進出した。さらに須坂に1店舗加えて、計3店舗にした

9月2日8:27分、岳沢湿原

つまり私は、外商ではだめだと思い店舗を持った。そして篠ノ井では限界だというので長野に出た

六百山2450m

さらには、2店舗では仕入れ量が増えないということで3店舗にした。その頃の私は目先のことでいっぱいだった

雲隠れした霞沢岳

とにかく1日売って、その日の生活をする。だから正直な話、『般若心経』のことなど思い浮かべる暇さえなかったといえるだろう

上高地の朝

 

 

しかしながら、どんなに厳しく苦しくとても、一日一日、未来に夢を持ち、明るさを求めて生きていく姿勢は崩さなかった

実りの湿原

それを教えてくれたのは、何度も繰り返すが、母の後ろ姿である

9月2日8:50分、河童橋をバックに

何のことはない。その頃の私は、意識していなっかったけれど、母の後ろ姿を通して『般若心経』に教えられていたのかもしれない

山の日記念碑「山と共に」

ともあれ、そうして行き詰ってしまった時に、長野県の一等地に良い物件が出た

2016年8月11日、第1回「山の日記念全国大会」が上高地で開催されました

偶然とはいえ、時の巡り合わせということを思わざるをえない

皇太子ご家族がご出席されました

当時、私の年商は4500万円ぐらいで、その物件は6000万円ほどだった

上高地は「特別名勝」「特別天然記念物」に指定されています

青文字は、1993年11月号「プレジデント」より

to be continued