般若心経を生きる・・・森政弘⑫最終回
「あるがまま見る」とは
仏教的な知恵、とくに「般若」の知恵というものは、矛盾がいい意味であらわれたものだといえるようです
2009年8月西穂高の帰り、奥飛騨温泉郷・栃尾温泉「喜楽」に立ち寄り昼食を取った。その時に店主の松井義雄さんから頂いたものです
松井義雄さんは重太郎新道を切り拓いた今田重太郎さんの親戚筋(甥)にあたる
ただ、この矛盾というのは、私たちが常識として身に付けている二元論的な形式論理の側から見た観念の上でのことであって、事実そのものは矛盾していないんです
今田重太郎には子がなく、実兄の松井氏から2代目となる英雄氏、紀美子さんを養子に迎えたようだ
(ダケカンバの幹)
実例をあげると、水道のホース。ホースの中を水が流れてゆく。この現象を冷静に観察する時、こういうことに気付きます
ご長男の「きんじろうさん」、妹の「紀美子」さん、四男の「英雄」さんの話を聞かせていただきました
(梓川の流れと岳沢)
たとえばビニールホースでいえば、そのビニールというものは水を通さないもの。もしもビニールが水を通すのならば、そのホースは水が漏る不良品です
子供の頃、夏休みに兄妹で奥飛騨郷から歩いて小屋へ行くのが楽しみだったと
(五千尺ホテル)
したがって、ビニールという水を通さないもののハタラキによって、水は漏ることなくビニールの壁に導かれ、われわれ人間が希望する方向へと、勢いよく流れていくという仕組みが観えてくるわけです
登山者から、肉の缶詰やチョコレートなどを貰うのが楽しみだったと話されていました
(日本北アルプス登路概念圖)
つまり、「水を思う方向にだけ勢いよく流すことができるのは、水圧つまり流そうとする正のハタラキと、その反対のビニールの水を流さないという負のハタラキとが一つに融合してこそなのだ」ということです
小屋の開設が大正14年ですから、今年93周年を迎えられたのですね
(河童橋)
これが事実のありのままの姿です。ところがこれを会議とか机上での立案の場合のように、言葉、つまり概念に基づいて形式論理を適用すると、「水を流すためには、水を通さないものは邪魔になる。そんなものは排除すべきだ」ということになり、ホースなしで水を流そうとして失敗するのです
松井さんから、奥穂高山荘へ行かれたら、弟に松井義雄の名前を出してください、とまで言ってくださいました。でも今は、代が弟さんの娘さんに替わっていますからね
(ウェストン像)
いってみれば、ブレーキなしでアクセルだけで車を走らせるような愚行が、二元論的な考えでは正しいということで、まかり通ってしまうのです
9年後の今年、2代目・今田英雄氏、3代目・惠さんにお会いするのを楽しみにしていましたが、生憎の豪雨で叶いませんでした
(ウェストン碑)
「般若」はここのところをしっかり観よと教えているのです
「天空の輝き」の著者・内田修氏は、1953年埼玉県熊谷市生まれ
以上は『般若心経』の応用ですが、事実をあるがままに見るというのは、こういうことなんだと私は考えています
カメラマンとしてのライフワークを穂高に定めると、私の目はまず穂高の稜線へと向けられた。四季折々に大胆に変化する輝きを見せ、私のカメラは穂高の虜になった
それを一歩突っ込んで、今日的例題で説くことは生半可なことではありません。無限に修行が要求されるゆえんです
母なる穂高の安らかな輝きの中に引き込まれてゆく。厳しくも穏やかな穂高、いつしかその輝きが私の穂高のテーマとなった
それゆえ、私はわざわざ冒頭で言葉では表現できないと前置きしたのですが、ただ、言葉ならずとも、お経を暗唱して、何でもない時に唱える、口で唱えなくても心で思うことだけでもいいことだと思います
それには『般若心経』はうってつけのお経だと思います
穂高の輝きの一つに穂高山荘がある。先代の今田重太郎さんが開拓し、その魂を受け継ぐ二代目英雄さんは、独特の「山の美学」を貫き、時代に即した理想の山小屋を作り上げた。昨年より三代目の恵さんが山荘に入り、穂高にまた新たな輝きが始まることが楽しみだ(2009年2月内田修「天空の輝き」より
(霞沢岳方面を指示)
青文字は、1993年11月号「プレジデント」より












