般若心経を生きる・・・森政弘⑨
現在だけなのです。ハタラキがあるのは。やけどをしても熱いのは現在だし、ごはんを食べておいしいのも現在ですから。そういうことをハタラキといいますね
神域にふさわしい静寂の明神池
だから仏教では現在を非常に重んじますが、それならば現在とはなんだといっても、過去と未来の接点で幅のないものです。だから不可解なわけです
写真家にとっては珠玉の風景
『大品般若経』の非過去・非未来・非現在・・・、この一行で私はずいぶんいろいろなことが分かりました。もともとは空なんだと
穂高大明神が鎮座する山々
『般若心経』にこの一行を挿入したらいいと思う。そうすると、現代人や科学者にとってもっと適切なお経になるように思います
留まることのない自然界は、一刻一刻変化する
マジックはアルコールランプだ
それはともかく、『大品般若経』の「無仏亦無仏道」、仏もなくまた仏道もないというくだりもいい言葉ですね
同じように見える景色も移り変わっていく
清浄な真空の尊いところだと思います。まさにこれこそ仏であり、その境地に到達する道が仏道
寄生した藻菌類でしょうか?
しかし、これを初めての方が読まれると危険です。まず仏を信じろという入門者に対して仏はないといったら、何を言っているのか、ということになってしまいます
神秘の造形美
そういう初心者にとっては「般若」は、ある意味では危険思想です。この意味でも、「般若」は軽率に語ってはならないことになっているのだと思います
人物が入ると風景が一変します
その意味で初めから、『般若心経』に入ることには私は少々疑問を持っています
鏡池ですね
たとえば無無明。亦無無明尽。乃至無老死。亦無老死尽。無苦集滅道。このくだりは、十二縁起と四諦の否定ですから、
明神岳山中にもひょうたん池という池ががある
まずは十二縁起の法門と四諦の法門をマスターしてからでなければ、話はちんぷんかんぷんだろうと思います
幻想的な風景を醸し出す靄
十二縁起と四諦が分かっている人に、それを否定して見せれば意味があるけど、十二縁起も四諦も知らない人に初めから否定したって無意味なのではないでしょうか
伏流水が湧き出ているため冬でも全面凍結しない
ただ、経の読み方には三つあるといいます。一つは意味を考えず腹から声を出して読む
透明感あふれる水面が明神の峰を映し出す
この姿勢での『般若心経』の読経は初心の方にも良いわけです。確かに声を出して読むと、頭がすーっとして気持ちいい
二ノ池の奥まで来ると人気もなく静寂そのものであった
青文字は、1993年11月号「プレジデント」より
to be continued













