黄金の左右に出るものなし
郷土出身の輪島大士さんが亡くなられました。謹んでお悔やみ申し上げます<m(__)m>
般若心経を生きる・・・森政弘⑧
さらに色即是空空即是色受想行識亦復如是舎利子是諸法空想不生不滅不垢不浄不増不減・・・
明神池へのアクセスは、河童橋から梓川左岸を徒歩で約1時間、明神館前から明神橋を約10分歩くと到着する
この・・・部分には『大般若経』では、是空法非過去非未来非現在という時間論が続くのですが、これに相当する言葉が『般若心経』にはないのです
もう一つのルートは、河童橋を渡り、梓川右岸を進むルート。こちらは木道が整備されていて、遊歩道的なコース(タイムは約1時間)
非過去、非未来、非現在・・・、特に今日では、このくだりは大切だと考えるのですがね
秋みつけた
今日ほど、科学が時間を問題にしている時代はないわけですから。そしてそのあとに、『大品般若経』では、『般若心経』と同じ言葉、是故空中無色無受想行識無限耳鼻舌身意無色声香味触法無限界乃至・・・と続くわけですが、
水が澄んでいて、イワナやカワマスなどが泳ぎ、マガモ、オシドリも来ます
どうしてこの時間論を『般若心経』に入れなかったのでしょうか
実は、去年の九月、天文学者の小尾信彌先生の宇宙の開闢の話を聞いて、ピンと来たんです
神域にふさわしい静寂の明神
水と岳、緑の織りなす神秘の池
先生はビッグバンの前には、時間も空間もなかったとおっしゃる。つまり、それ以前には、ここ、そこ、後、先、という区別もなく、因果律も成立していなかった
穂高神社は北アルプスの総鎮守
現在の物理学が成立しない範囲ということです。私はそれまでビッグバンというものを誤解していました
神々しいばかりの自然の造形美
あれは150億年以上昔という時間軸上のある時点に、宇宙空間内のある一点で発生したと思っていたんです
明神池は梓川の古い流路が、明神岳からの崩落砂礫によって堰き止められた池です
ところがそうじゃなかった。X軸Y軸Z軸であらわされるような空間というものは、ビッグバンが出来てから生まれたんです
明神岳から常に伏流水が湧き出ているため、冬でも全面凍結しないという
ビッグバンの前は空間もない、時間もない。それが般若の核心「空」なんです
上流側の神秘的で大きい池が「一之池」
だから私は『般若心経』の読経に際して、この是空法非過去非未来非現在を挿入することがしばしばです
下流側の岩や島がある池が「二之池」
日常われわれは、過去はこうだったとか、未来はどうなるかと言っていますが、座禅をして心を静め、頭をクリアにして、よくよく考えてみると、過去も現在もわれわれの頭がでっち上げただけで、いわば妄想だということに気付きます
「三之池」もありましたが土石の流入で、今は姿を消しました
青文字は、1993年11月号「プレジデント」より
to be continued












