般若心経を生きる・・・森政弘①

これからの創造性開発は、いよいよ仏教的な考えの出番だ

ロボット工学と「智慧」の経典

あるがままに見よ、先入観をとれ。ロボットを研究すると、そうした仏教の知恵が抵抗なしに理解できる。なぜなら、ロボットをつくることは、自分がままごと的に創造主の立場になることだからである。そして、その知恵をマスターすれば、この世の矛盾はすべて解決するともいう。ロボット工学の権威が科学者の目で解き明かす「般若」の知恵

6:52分、ガイドが立ち止まり周囲を見回しだした

なぜ眼に「まぶた」があるか

ロボット工学と般若心経、それが私に与えられたテーマですが、これは限られた紙面で語りつくせるものではありません。そのことを最初に断っておきたいと思います

私は、ロボット工学を研究するかたわら、仏教に関してもいくらかは学んできましたが、よく、ロボットと仏教がどう関係するのかといった質問を受けました

しきりに水が沢へ流れ落ちる様子を観察しているようだ

雨が降り続くと、下山できなくなると判断したようだ

しかし、私の場合、ロボット工学は、仏教に近づくのに一番早い道だったのです

6:58分、ここで撤退することになった

まずは、どんなロボットをつくろうかと思っていろいろデザインします

今回の登山で唯一の見所になってしまった

そのことは、この宇宙の物事の成り立ちに気づくことになるのです

撤退記念に一枚撮った

キリスト教的にいうならば、ロボットをつくることは創造主のデザイン・フィロソフィをかいま見ることになるんですね

心残り、無念だ!

自分がままごと的に神様の立場になるのですから

屏風岩が恨めしく見えた

たとえば、目玉の数はいくつにするのがよいか、それも単眼でゆくか複眼も設けるべきか、とか、鼻の位置は顔よりも頭のてっぺんの方がじゃまにならなくてよいのかもしれない、などと設計段階で苦労するわけ

勇気ある撤退と思う事にした

その時いうまでもなく、自分自身の体ではどうなっているかと、あらためて、わが体を見直すわけですね

傘をさして写しています

すると、ほこりや強すぎる光を防ぐべく、われわれの目には「まぶた」というふたが付いているということは理解しやすいのですが、同様に考えて、虫や騒音をさえぎるためのふたは耳には付いていないことに気づきます

ズームアップ

これは天の設計ミスではないかと、不遜にも早合点しそうになるのですが、じつはそうではない

屏風岩とはここでお別れです

青文字は、1993年11月号「プレジデント」より

(自在研究所社長・東京工業大学名誉教授)

to be continued