地震で被災された北海道の皆さま、心よりお見舞い申し上げます<m(__)m>
厚真町の土砂崩れはとても現実の出来事とは思えません!
8月15日、大阪十三「第七藝術劇場」でドキュメンタリー映画『沖縄スパイ戦士』を鑑賞してきました。戦後70年以上語られなかった陸軍中野学校の「秘密戦」
第二次世界大戦末期、米軍が上陸し、民間人を含む24万人余りが死亡した沖縄戦
先着順で整理券が発行され、上映時間になると番号順に入場します(自由席)
第32軍・牛島満司令官が降伏する1945年6月23日までが「表の戦争」なら、北部ではゲリラ戦やスパイ戦など「裏の戦争」が続いた。作戦に動員され、銃を持ち故郷の山に籠って米兵たちを翻弄したのは、まだ10代半ばの少年たち
この日はほぼ満席でした
彼らを「護郷隊」として組織し、「秘密戦」のスキルを仕込んだのが日本軍の特務機関、あの「陸軍中野学校」出身のエリート青年将校たちだった。1944年の晩夏、大本営が下した遊撃隊の編成命令を受け、42名の「陸軍中野学校」出身者が沖縄に渡った
ご年配の方が大半でした
ある者は偽名を使い、学校の教員として離島に配置された。身分を隠し、沖縄の各地に潜伏していた彼らの真の狙いとは。そして彼らがもたらした惨劇とは・・・
よく利用する喜八洲本店でみたらし団子を買い求めました
「散れ」と囁くソメイヨシノ
「生きろ」と叫ぶカンヒザクラ
少年ゲリラ兵、軍命による強制移住とマラリア地獄、やがて始まるスパイ虐殺・・・。戦後70年以上語られることのなかった「秘密戦」の数々が一本の線で繋がるとき、明らかになるのは過去の沖縄戦の全貌だけではない
数多くの思い出がある十三、時代と共に変化しています
人生66年を経て、なお知りえない歴史の一編を学びました。護郷隊(本土決戦の実験ともいわれている)の生き残りの皆さまの、迫真の証言が生々しく語られ、胸が痛みました




