般若心経を生きる・・・村田兆治⑨

これらが集まって五蘊、即ち5つの要素ということで、この5つの要素から成り立っているものは、自我である

12:50分、遠くで雷鳴がしたので、急ぎ下山開始です

一瞬、避難小屋で様子を見ようかとも思いましたが、下山を決行しました

その自我が「空」だといっているのである。さらにいえば「空」であれば、苦しみから救われる。当時、苦しみの極致にいた私としては、その救いを求めたのは当然のことだろう

13:56分、二ツ岩

雷鳴がする中、ひたすら近づいて来ないよう祈っていました

深仙ノ宿から二ツ岩まで特急で下山しました

では「空」は、どう解釈したらいいのか。一般に「空」といえば、何もないというふうにとらえられる。自我が「空」とは、自我がない、即ち無我ということになる

しかし、まだ安心は出来ません。ゲリラ雨が降ったら下山できなくなる恐れがある

ただ、私の考えでは、無我とは自我がないのではなく、自我をなくしていくことだと思っている。自我がない人間というのは、なんだかのっぺらぼうで存在感のない人間のように思えてしまう

とにかく、早く安全なところまでと、必死でした

そうではなく、どうしても前に出ていってしまいがちな自我をぐっと抑える。最終的には自我がなくなっているいるような状態になりたい。そういうことなのではないか

空が明るくなってきているので、余裕が出てきました

無我夢中という言葉がある。何も考えずに一生懸命にやっている様をいうのだが、プロ野球の投手は、その無我夢中とはちょっと違う

雨が降り出せば、木段も滑るでしょうし、登山道が川のようになり道が消えてしまう

もっと、自分自身のことも相手のことも観察する冷静さが求められる。だから無我とはいっても、無我夢中よりもう一段高いレベルの無我なのだと思う

皆さんの表情にも安堵感が見られるようになってきた

無心と無我、この二つでカムバック後の私は投げ続けた。当時を思い出してみると、本当に苦しい、希望を見いだせない日々であったが、今から考えてみれば、私にとっては大変な財産となる試練であった

妙見山とは勝手が違うようです

その試練を乗り越えたことで、私は一回り大きな人間になれたと思う。プロ野球の投手としても、それまでには分からなかった何かを掴めた

話し声も聞こえてきた

『般若心経』にしても、あれほどの苦しい時期であったからこそ、私自身の身についたのだろう

水分補給のため休憩

一筋の光明はついに見えた

話をもう一度、手術前の状況に戻すと、宗教にすがり、滝に打たれて、精神的には最悪の状態は脱したものの右肘そのものの治療効果はさっぱり上がらなかった

緊張が解けたこともあり、ぐったりしています

何しろ、まだ痛みの原因すらわかっていなかった。その年、1983年7月、妻がぽつりと言った。「順天堂病院にいい先生がいるんですって。特別に診察していただく約束もしてあります。行きましょう」

余裕をもって原始の森を鑑賞するO・N氏

青文字は、1993年11月号「プレジデント」より

to be continued