今日から3日間で上信越の百名山2座縦走してくる予定でしたが、3日間とも☂マークが付いていたのと、風邪が治りきっていないこともあり中止しました(>_<)
般若心経を生きる・・・村田兆治⑤
香を焚いて瞑想に耽った。座禅を組んで瞑想に耽る前には『般若心経』を唱えた
釈迦如来像と同じ西方に向かい「ヤッホー」を連呼しました!
釈迦ケ岳山頂からの雄大な景観は『吉野郡名山図誌』に詳しく記されている
また、右腕の痛みに苦しみ、希望と絶望のはざまをさすらって、野球を断念するか否かの人生の岐路に立ち、迷いに迷っていたこの時期に、改めて「五輪書」や親鸞の「歎異抄」、道元の「正法眼蔵」をむさぼり読んだ
眺望は四方広潤、皆さんに見ていただけなかったことが心残りです
現実の苦悩から解脱する道が見つかるかもしれないと思ったからだ。道元の「難行苦行の究極は無だ」という言葉に惹かれた
10:57分、下山開始
「三昧」「止観」という言葉も身に染みた。「止観」とは、ただ黙って座っていると自然がそこにあるという境地で、それは自分の現在と似ているように思われた
光雄・K氏が同行してくださったことで、道中、山の歌、青春歌を披露され楽しい山歩きとなりました
余念を捨ててひたすら座禅を組む「只管打座」を実践して、ひたすら無心になることを自らに求めた
これまでに数千の山に登られたと話されていました。上には上がいる<m(__)m>
実は、この年には右腕の痛みのみならず、トレード騒ぎもあった。「村田のひじ痛は、ジャイアンツにトレードしてほしいためのサボタージュではなないか」とも言われた
釈迦ケ岳のエンジェルK・Tさん
関東や中国の登山企画をしてくださるとか、楽しみにしていますよ
冗談ではない。私は野球生命を賭けてこれほど闘っているというのに。私は家の修行だけでは飽き足らず、和歌山県の白浜にも出かけた
前回登った時には、遭難者の看板が立てられていたのですが撤去されていました
白浜へくようになったのは、入団後、10年ほどして、エースとして自他ともに認められるようになってからで、私が師と仰ぐ高松勇二先生に体の手入れをしてもらい、精神面での教えも乞うためだった
不用意にわき道に逸れると遭難します。特に悪天候の時は見失います
毎年1月は「挑戦」の言葉を胸に白浜に行き、身も心も整えてキャンプに始まるシーズンに備えるのが、私のやり方であった
背丈の高い笹原は道が隠れてしまいます
しかし、その時の白浜行は、もっとはるかに切羽詰まった藁にもすがる思いであった
1班の面々
白浜では、高松先生の指導の下に山道を走り、岩場で座禅を組み、九十九淵という滝にも打たれた
釈迦ケ岳端正な容姿を見上げる
肘さえ治ればまた投げられる。その時のために体だけは鍛えておかなければいけないので、とにかくよく走った。何しろ人里離れた山奥である。それは、プロ野球選手のトレーニングというより、修験者の修行に近かった
青文字は、1993年11月号「プレジデント」より
to be continued











