般若心経を生きる・・・青山俊薫⑪
ある小学4年生がつくった「運動場」という詩があります
「せまいなせまいな」といって、みんな遊んでいる
朝会のとき石をひろわされると、「ひろいなひろいな」とひろっている
8月12日4:49分、前鬼山の夜明け
気ままな「私」の思い一つで、運動場が伸びたり縮んだりするというんです
5:00朝食
5:29分、行者堂で勤行、準備体操
事態に何の変化もないにもかかわらず、お腹がすいてくると機嫌が悪くなり、お腹いっぱいになれば機嫌がよくなる
5:30分、昨夜揮毫した書を軒先に吊るして出発
私たち人間の物差し、人間のルールなど、所詮その程度のものではないでしょうか
小仲坊をベースキャンプにS・Y氏に待機していただきました
本隊には、千葉から見えられたM・K氏が加わりました
そういった伸縮自在の、わがままな「私」を前面に押し出して生きようとすれば、当然衝突が起こり、いらぬ苦しみにもがき、悩みを深くすることになるのです
小仲坊母屋から東方の空
それから人間が勝手に決めた申し合わせや約束事は、どんどん変化します
かって3軒の宿坊があった付近を登ります
時代によっても変化しますし、洋の東西でも変化する
古い石段が続く
上に立つ人間の個性でも変わるものです。もちろん人間は一人では生きていけない
道中には祠が祀られてあります
一生の間にさまざまなグループに所属しつつ生きていきます
水が枯れた河原を渡ります
その折、そのグループのルールに従っていくことは大切ですが、同時にそのルールが外れていないかどうかを、常に見据えて生きていくことが大切であると申し上げたいのです
踏み跡は雨で掻き消されはっきりしません
「般若心経」と母の思い出
最後に「般若心経」についての私個人的な思い出をお話ししたいと思います
2回目の渡渉(やはり水は流れていません)
五歳で寺の門をくぐった私は、その日からお経を習いました。まだ文字が読めませんから、老僧から口移しで習い、私はそのお経をまるで歌でも口ずさむように諳んじました
ズームアップ
青文字は、1993年11月号「プレジデント」より
to be continued












