般若心経を生きる・・・青山俊薫⑦

運転手は命がけです。景色がよいからとよそ見することは出来ない。右折禁止であれば右折しないし、いくら急いでいようが赤信号では必ず止まります。自分のエゴを捨て去って、交通ルールに従っているから、事故が起こらないのです

北股川上流から垢離取場を見下ろしています

生きる」といことは、まさに人生という道で、私という車を運転しているようなものです。その場合の交通ルールが、天地の道理、あるいは人の道です

イルカの頭にカエルが乗っかっているような岩

ルールに従って運転できれば、人生という道も、交通事故に遇うこともなく、走ることができます

犬の顔をした巨岩

しかし、赤信号も何も無視して飛んでいきたいとか、右折禁止を無理やり右折したい、という私の「・・・したい」との思い、つまり自らのエゴを捨て去らなければ事故につながるのです

帰り支度が整ったようです

天地の道理に反した私のエゴの「・・・したい」の思いを先として行動する、それが、『般若心経』の中の「顛倒夢想」といえるでしょう

聖地を離れるに際し集合写真を撮りました

そういう間違いから「遠く離れて」生きることが大切なのです

岩の間をすり抜けます

私という存在は天地のすべての存在と関わりあっているのだから、「私」を優先させることなく天地のルールに従っていく

水嵩がなくて本当に良かった

そして生命は無常なのだから、明日を待つことなく、今ここの一歩をどう踏んでいくかを考えながら、精一杯生きていくということです

巨岩がゴロゴロ

座禅は展望の利く高い山に登るようなものと言いますが、そういう大きな視野に立つということが、醒めた見通しの効く目であり、仏の目であり、般若の目といえるでしょう

15:13分、前鬼裏行場「垢離取場」を離れる。ちょうど1時間の滞留であった

そういう目で、天地いっぱいの生命の展開である「私」を安全運転していく、それが「遠離一切顛倒夢想」の姿ではないでしょうか

この辺りは、初めての方は道を踏み外しやすいので注意してください

「なっとることを聞け」

次に「到彼岸」についてお話ししましょう。何度も申しましたように「般若」とは天地のルール、いわば仏の智慧です

クサリと鉄梯子が目印です

人間の小さな知識ではなくて、仏の智慧に従って、今ここの一歩一歩を生きていく、それが「到彼岸」ということになるのです

一度大雨が降ったら道は消えてしまいますからね

青文字は、1993年11月号「プレジデント」より

to be continued