般若心経を生きる・・・青山俊薫⑥
しかし、花や鳥は、そういう働きで咲くことができるとか、鳴いたり飛んだりできるという自覚を持つことは出来ません
書道家の藤田渓春氏
しかし有り難いことに、人間は、この心理を自覚することができるのです。この自覚が、お釈迦さまの成道、いわば「悟り」です
左岸を引き返します
そして、天地いっぱいの永遠の生命に目覚めよ、という呼びかけが、「天上天下唯我独尊」という言葉となって、お釈迦さまの口から発せられたのではないでしょうか
でも、なかなか立ち去りがたい様子です
このことに目覚めると、つまり「そんなに偉大な宇宙の生命に、時々刻々私は生かされていたんだな」と気づくと、おのずから自分の生命の方向づけができるはずです
最深部の大岩で写して頂きました
「この体、鬼と仏と相住めり」とは、ある死刑囚の句だそうですが、この句にある通り、私たち人間は仏の方向にも鬼の方向にも進んでいく可能性があるのです
最後まで残った4人
この命を天地いっぱいに生かされているんだなということに気づけば、その命のルールに、つまり大いなる天地のルールに従って生きていこうということになるでしょう
岸壁を伝うH・K氏
「エゴ」を捨てると見えるもの
例えば、留まらない、戻らない、やり直しができないという時間的ルールが見えてくると、今を大事に生きなされという教えが出てきます
声をかけたら振り返ってくださいました
また、宇宙いっぱいは全部がひとつとつながり、お互い、相助け、相関わりあっているのが一切のものの存在の有様であるという空間的ルールに目覚めれば、私のわがままで勝手気儘に生きてはならない、という教えが出てくるのです
とても神秘的です
その教えに目覚め、その教えに従って生きていけばいいのですが、目覚めないと教えに反した生き方をしてしまう
ただ綺麗なだけではない、精霊が宿っているのです(先達の方の話)
それが『般若心経』の」「遠離一切顛倒夢想」の「顛倒」ということなのです
思わず合掌するO・N氏と藤田渓春氏
例えば私は運転ができません。ですから気楽なもので、「ああ、きれいな花が咲いている。ちょっと車を止めて摘みに行きたい」とか、急いでいるときなど「赤信号なんか無視して走れるといいのになあ」「右折すればすぐそこなのに、遠回りせねばならないなあ」など、助手席で勝手なことばかり思っています
コバルトグリーン
しかし運転する人が、それぞれ勝手に思いついたことを実行に移せば、たちまち交通事故を起こします
手を合わせてしまう場所です<m(__)m>
青文字は、1993年11月号「プレジデント」より
to be continued











