般若心経を生きる・・・宮坂宥勝⑨
玄奘訳本の冒頭に、「五蘊皆空なりと照見して一切の苦訳をわたしたまへり」とある
12:00分、前鬼「小仲坊」に到着
度一切苦厄の五字は現在のサンスクリット語原典にはない
行者堂前の広場(修験者たちが勤行を行う場所)
玄奘の見た原本にあったのか、彼の創作かどうかは保証の限りではない。が、ともあれ、巻尾の般若波羅蜜多の咒すなわちマントラ(真言)は一切の苦を除き真実にして虚しからざるものであると説いているのと呼応する
これによって心経は哲学から一切の苦を除く宗教ー空から真言へーに至る内容を込めた経典であることが知られる
中谷本舖「木和田弁当」配布
一般衆生はいかに読んだか
この点に関して、空海の「般若心経秘鍵」には次のような素晴らしい詩頌がある
先ずは一息
真言は不思議なり、観誦すれば無明を除く、一字に千理を含み、即身に法如を証す
楽しい昼食タイム
真実の働きは不思議である。大般若経を観想し真言を読誦すれば根源的無知の闇が除かれる
西側縁
たった一字にも無数の心理を含み、この身このままでありのままの理法を悟る
南側縁
さきの勅命にもあるように、心経は除災招福の経典だと信じられていた
行者堂前で般若心経を読誦
しかも、それは般若波羅蜜多の咒すなわちマントラ(真言)の効験に対する信仰であった
ドライバーのN氏にシャッターをお願いしました
奈良時代以来、今日にいたるまで、この心経が庶民大衆の経典として信仰を集めてきたのも、深遠なる空に魅せられたり、心経という経題によって、「こころ」の世界のことを説いた経典だという禅的な理解にもとづいたのでは決してなかったことだけは確かである
水行の準備をし、安全祈願をして前鬼裏行場へ向かいます
青文字は、1993年11月号「プレジデント」より
to be continued










