般若心経を生きる・・・宮坂宥勝⑥

マントラを密教では、“思考する”という動詞のマンに器を意味するトラという後接字を付したものだという通俗語源解釈がある

4基のキリコが勢ぞろい

これによると、マントラの原意は「思考の器」ということになり、言葉のことである。ただし、通常の日常的な言葉とは異質なものとして区別され、インド祭司階級のバラモンの奉ずるヴェーダ聖典では神がみに対する賛歌であった

渚の神事が終わると、御仮屋での祭典が始まる

しかし、やがてそれは実在をも支配することのできる超自然的な力の働きをすると信じられるようになった

手持ちの提灯の灯を消し低頭する

唐の善無畏(637~735)や不空(705~774)のころから、マントラの訳語は統一されて「真言」が一般化したようである

祝詞奏上の間、神職も各村代表者も低頭が続きます

善無畏は「大日経疏」巻第一住心品の冒頭でいう。真言といふは、梵(サンスクリット語)には漫怛攞といふ

2年前、山耀会でキリコ人足として参加された皆さんは、神事における羽織袴姿に感動しておられた

即ち是れ真語・如語、不妄・不異の音なり。竜樹の「訳論」には之を秘密号といい、旧訳には咒という云々

今度はお祓いを受けるために低頭です

心経は竜、大般若経は蛇

さて、玄奘訳本によると「般若波羅蜜多は、大神咒、大明咒、無上咒、無等等咒である。よく一切の苦を除き、真実にして虚しからざるものだから」とある

4基の御神輿と7人の神職

大神咒はマハーマントラ(偉大なるマントラ)、大明咒はマハーヴィデイヤ・マントラ(偉大なる明知のマントラ)、無上咒はアヌッタラ・マントラ(無上なるマントラ)、無等等咒はアサマサマ・マントラ(等しいものなきマントラ)である

各御神輿には、御膳板を載せて神饌を供え、和蝋燭3本が点されえている

このように般若波羅蜜多の咒はさまざまに言い換えてはいるが、玄奘はマントラを咒と訳しているのである

厳粛な祭礼

要するに心経はまず何よりも前述のように、経題のとおり般若波羅蜜多の神髄であるところのマントラ(真言)を説いた経典と解さなければならない

祭典の間、キリコ人足は掛け合い太鼓を打ち見守る

この点、初期の翻訳家の支謙や羅什はインド以来の伝統的な解釈を実に正しく伝えた訳語を用いているといえよう

里中組責任者のS・N氏(同級生)

浮き字「祭祖宗」、後ろ浮き紋「左三つ巴」