般若心経を生きる・・・宮坂宥勝⑤
曹洞禅でも、江戸時代に多くの註解書が著された。天桂伝尊(1648~1735)の般若心経止蹛銭や湛動道義の般若心経決談抄などがある
渚の神事が終わるとキリコと御神輿は、御仮屋の周りを右回りに笛・太鼓・鉦(シャギリ)を賑々しく囃子3周する
いずれも在家に対する仮名法語の類であって、心経の心の本来のあり方(即心是仏=われわれの心がとりもなおさず仏であること)を説いたもの、すなわち心の経だとみている
最後の1週は、囃子が急テンポとなり疾走する。年寄りは足がもつれてついていけない
どうも奈良時代の勅命や古来からの一般人士の心経の受け止め方と玄奘門下以後、現代にいたるまでの主流をなしていると思われる心経解釈との間には顕著なギャップがあるようである
子供の頃のイメージは、御仮屋を中心にて旋回する渦巻きを見るようであった
前者によれば、般若波羅蜜多の咒を重視するのに対し、後者は唯識・法相あるいは三論または禅などの立場からの解釈であるが、般若の空の教えを説いた経典だというてんに点に共通項が認められるようだ
3周するとひと汗かきますね
般若波羅蜜多とマントラ
前記の羅什訳は心経が「大明咒経」であり、支謙訳は現存しないが「咒経」になっている
尊利地の御神輿人足衆の呼気が荒くなっています
まず、般若波羅蜜多心経は、サンスクリット語では「プラジュニャーパーラミター・フリダヤ・スートラム」である
祭りのクライマックスです!
偉大な悟りの智慧の成就の神髄を説いた経典と解するのが、今日における、あるいは古今を通じての一般的な理解の仕方である
担いでいた頃は、村対抗の「トモ=競り合い」が繰り広げられ、緊張する場面であった
ところで、上記の2つの古訳ではフリダヤに相当するのを大明咒または咒と訳したのが注目される
高齢化に伴い、今では回るのが精一杯です
フリダヤには通常、心臓の意味があり、転じて心髄、肝要などになる。ところでサンスクリット語ではフリダヤにはマントラの意味がある。これはインドでは常識的な理解であったといえる
キリコが所定の位置に収まると祭典が始まります
事実、心経の巻尾に般若波羅蜜多の咒を説いているとおりに、経題の般若波羅蜜多心の「心」は般若波羅蜜多の「咒」である道理である
往時は、一列に並ぶときに押し合いが始まり、われ先に住吉神社の神輿の正面につこうと競り合い、必ずキリコが破損したという
このようなわけで、フリダヤを「大明咒」「咒」-マントラの訳語と、訳したのである
神楽・修祓に始まり、祝詞奏上
古代インドではヴェーダ時代以来、マントラには不思議な力、呪力がこめられている、と信じられていた
つねのためしのまにまに、ゆかりも深い南志見の浜に一夜を過ごさせ給えと祝詞を奏し、神楽を奏上、御神酒をいただき祭りは終わる
今年は12時であった。子供の頃は午前1:30頃、もとは午前3時を過ぎることが多かったという
青文字は、1993年11月号「プレジデント」より











