般若心経を生きる・・・加藤湘堂⑨
時代は違うが、良寛と同じ新潟の生まれに、会津八一がいる。歌人であり、日本美術史の研究家でもあり、早稲田大学で長く教鞭をとった上に、東洋美術陳列室をつくったという、その益が甚大な人物で、多くの学生にその精神が及んだといわれている
7月30日20:26分、白山神社御神輿出立です
八一は良寛を慕い、良寛に倣い、また良寛に反発しながら良寛にまいったというふうな気骨ある人物で、その人物にふさわしく、書も普通の「書家の字」とはまったく違う
屋根上に取り付けてある鳳凰を取り外します
書家の字というのは書法の型の中にはまった字である
社殿から出るのに一苦労
会津八一は良寛に倣ってか、書家の書を好まず、職人くささを嫌った
鳳凰を元に戻します
一般の人であれば、正しく、きちっと書かれたものを評価するが、八一は、字をいかに歪んだものとして美しく書くかに苦労した
他の神社でも出し入れの際には取り外していました
今でいう「アンバランスのバランス」の志向の強かった人である
次は階段を下ります
会津八一も良寛同様、器用ではない。ところが、美というものを見極める目を持っていたので、アンバランスの中に非常にバランスのとれた妙なる書を書くことができた
小生が子供の時に幅を広げたので、以来降りやすくなりました
会津八一の「般若心経」は一行17字に書くのが古式だが、そういうことにも一向に関係がなく、自由に書いている。調子の高い、いい字である
無事降りたようです
奈良へ行くと、東大寺、薬師寺、法隆寺と、至る所に八一の碑が立っている
村人たちが出迎えます
奈良を歌った八一の歌集「鹿鳴集」は有名だが、歌人でありながら、学者でもあり、また書もよく勉強していた
子供キリコが神輿をお迎えに浜から上がってきました
八一の字を、我々は「書人以外の書」として高く評価しているが、書人外といえば、牧水、啄木、白秋、また斎藤茂吉などもいい字を書いている
何百年も行われてきた伝統行事
うまいのは書家のほうがうまいが、よさでは到底かなわない
小さいころ、祭囃子や奉灯の明かりを見ると心が躍ったものだ
青文字は、1993年11月号「プレジデント」より
to be continued











